会議

全称量化とか存在量化は耳慣れない言葉ですが、議論には欠かせません|議論の方法

全称量化とか存在量化というのは、述語論理で出てくる言葉なのですが、あんまり馴染みがないですよね。アリストテレスの表現なら、全称命題と特称命題になります。これでもやっぱり、ちんぷんかんぷん。でも、意味自体はとても単純です。

全称 = みんな・すべて
存在 = 或る・そういうものが存在している

すべてがそうなんだと表現すること = 全称量化
そういうものがあるんだと表現すること = 存在量化

全称量化した表現 = 「すべての人間は動物である」
存在量化した表現 = 「ある人間は動物である」「動物であるような人間が存在する」

といった感じになります。

会議

専門用語だと難しく感じますが、意味自体は簡単ですよね?

■レッテル貼りによく使われます

古代ローマの英雄、ユリウス・カエサルの言葉に「人は見たいと思う現実しか見ない。見たいと思う現実なら、進んで見ようともする」というのがあります。ある人々にある種のレッテルを貼りたがっている人はよく、ある集団の一部に見られる特徴を挙げることで、その集団全体の特徴だと考えてしまいます。

たとえば、最近の子供たちは聞き分けがなく、凶暴だというレッテルを貼りたがっている人たちは、メディアが報道する事件を挙げ連ねて、少年犯罪が増加していると考えてしまいます。ところが警察白書などを調べてみると、ずっと安定して犯罪件数は減少を続けているのです。

このように、ある集団にある特徴を持つ者がいるからといって、その集団全体にそういった傾向があるとか、その集団の大部分はそうなんだなどと考えると、大間違いをしてしまうことになります。

■量化は慎重に

我々が知ることのできる事実はほとんどの場合、ごくわずかです。いくつかの例を知っただけで、みんなそうなんだと考えるのは間違いの元です。一部を知っただけの時は、一部しか知っていないということを肝に銘じて、不用意に全称量化をしないように注意しましょう。

そして、不用意に全称量化をしてしまっている相手を見つけたときは、どうやって全称量化したのか、そういうものがあるということから、みんながそうなんだまで飛躍させた理由を確認してください。

多くの場合、それは思い込みや決めつけから成り立っています。相手の思い込みを暴くことができれば、相手の主張の根拠を失わせることができるでしょう。

議論の方法として、相手のよって立つ足場を崩すことは大事な一歩です。崩れかけた足場を補強しようとして、さらに怪しい理屈を組み立て始めるもので、そうなれば瓦解するまでには一押しとなります。

You Might Also Like